サウダーヂ

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監督プロフィール
富田克也
富田克也(とみた かつや)
1972年山梨県甲府市生まれ。
東海大学甲府高等学校卒業後、音楽の道を志し上京。
音楽活動に出口を見いだせず映画を観まくる日々、いつしか自身で映画を撮りたいと思うようになる。都内で配送業に従事しながら、製作期間5年、上映時間140分の処女作『雲の上』(8mm) を2003年に発表。監督、脚本、編集を自ら手がけたこの作品は「映画美学校 映画 2004」の最優秀スカラシップを受賞。この賞金を原資に『国道20号線』を製作し2007年に発表。同年10月に甲府の桜座で自主上映会を開催後、東京渋谷UPLINK Xにてロードショー公開。2008年に入り単館系劇場にて全国公開された。「映画芸術」誌上にて2007年日本映画ベスト9位選出、映画界に波紋を呼び、文化庁の主催する日韓映画祭を含む国内外の映画祭で多数上映されてきた。
映画「サウダーヂ」製作にあたって思うこと
 “サウダーヂ” 特に、ブラジル・ポルトガル語の表記を“ジ”ではなく“ヂ”とするようです。
 このポルトガル語の意味の代表的な部分を取り上げれば、故郷への郷愁となります。しかし、この語は非常に複雑な意味を持ち、ブラジル人達に教えを乞うても一言では答えられないという返答が返ってきます。
 郷愁。ふるさとを想う心。私たちの作ってきた映画は、過去2作品ともに、自身の故郷である山梨県を舞台にしてきました。特に前作「国道20号線」は甲府を貫くバイパス、国道20号線周辺に住まう若者を主人公にした物語でした。大型商業店舗、パチンコ店、消費者金融のATM。これらがひしめく国道沿いの物語を、現代日本の地方都市という普遍性をもって描いたつもりです。
 あまた作られるご当地映画。確かに地域性のいい部分を見つけ、そこに特化した映画を作り地元の活性化につなげる。これもひとつの方法だとは思います。しかし、得てしてそういう映画はマイナスの面を描こうとはしません。いいところだけを拾い上げても、何故こうなってしまったのか? という問いへの答えは見つかりません。
 疲弊した地方、空洞化、かつてない不況。ニュースは飽くほどこう言ってきました。そしてそれに伴う悲惨な事件、犯罪の数々も報道されてきました。しかし、それを見、聞く私たちは、その他人事のようなニュースをどう受け取ってきたのでしょうか。ああそうか、地方って今そうなのか。そんな風に終わってはいないでしょうか。空洞化とはいったいどういう状況なのか、そして原因はなんなのか。これを自覚し、考え、変化を求めてきたでしょうか。
 私たちは自身の故郷であるが故に敢えてマイナスの面を、人々が目を逸らしたい事柄を作品のテーマとして選択してきました。現実に対する批評性をもって主題選択が行われ、そこに普遍性を発見するのが芸術作品の役割だと信じてやみません。そこから目を逸らさず自覚することこそ、次への一歩になると信じています。

 それは本当にささやかなことから始まります。
 先日こんなことがありました。それは「サウダーヂ」製作のために、一年ほど前から始めたリサーチ(ビデオカメラを持って甲府に住む色々な人に会いに行く)の道中出会った日系ブラジル人とのエピソードでした。駐車場を借りに行った彼に対し、その駐車場の管理人はいきなり、最近その駐車場で起こった車上荒らしのことを話し始めました。その犯人はペルー人だったようですが、日系ブラジル人の彼にしてみれば濡れ衣なわけで、必死に自己弁護しました。が、その管理人にとってはその自己弁護すら「こわい」ということになってしまい、結局彼は駐車場を借りることができませんでした。彼をよく知る私たちにとってみれば、なんのことだかわからないですが、偏見や誤解が入り混じっているのは理解できます。しかし、偏見や誤解は関わる事でしか解消することはできません。その後、私たちが間に入り、そしてその管理人のご老人も彼に謝罪をし、誤解は解けました。まずは交わらなければ問題が表面化すらしないものです。そしてこのささやかなやり取りが、今後への非常に大きな一歩になったことはいうまでもありません。

 一年近くのリサーチの中で、甲府という場所に多くの外国人たちが住んでいることを知りました。なかでもブラジル人達のコミュニティーは非常に規模も大きく、甲府を題材に映画を作るにあたって、無視できない存在になっていきました。
 かつて、100年ほど昔、日本人は開拓移民としてブラジルに渡りました。想像を絶するような苦労があったことでしょう。しかし恐らく、彼らブラジル人達が日本人を受け入れてくれたからこそ、その子孫たちが現代の日本に戻ってくることに繋がっていると思うのです。その彼らに対して、どれだけの日本人がそういう歴史の認識を持ち接しているのでしょうか。
 日系3世、4世になろうとする彼ら世代の故郷は、もはや生まれ育ったここ日本であり、甲府なのです。彼らと話すとわかります。むしろ彼らの方こそ、新天地であり故郷である甲府に対してのサウダ−ヂを感じて生きているのです。そしてその場所は同じく私たちの故郷でもあります。故にタイトルをポルトガル語にすることで、その思いを私たちも取り戻さなければいけないという戒めとしました。

 その戒めとともに題材も深まっていきます。
 “サウダーヂ”にはもうひとつ「追い求めても叶わぬもの」という意味がありました。いくらここを何とかしなくてはと思っても、かつての状態に戻す事ばかりが議論の根底にあるような気がしてなりません。映画作品も悪戯に過去への郷愁を誘うものが目立ちます。昔はよかった、と。2時間昔に戻っても、映画館を出てしまえば現在の現実の世界が待っています。私たちの映画は少なくとも逃避のためのものではなく、苦しく厳しいが、それでも生きていかなくてはいけない、ならば、より良く生きるのだ、という意志に基づくものだと考えています。

富田克也
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